忘れ物はないね?

『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の 中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ

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2007年07月05日(木)

メダカの瓶の睡蓮が、二つツボミをつけていたが、いつまで経っても咲かないので、私の知らないうちに咲いてまたしぼんでいるのか?とギモンに思っていたが、とうとう一つはツボミのまま枯れてしまった。なぜそれがわかったかというと、もうひとつのツボミは咲いたんだけど、ちょっと見ないうちに虫喰いだらけで花まで穴あき、まわりの葉っぱはものすごーくレース状態になっていたから。
それで、どこのどいつが犯人だ?とブツブツいいながら葉っぱをめくってみたりしていたら、ムニ、と触ってしまった!!!!!青虫!!!!!!ナニ青虫?!!!!
青虫といえば、私は青虫が何より怖くて、学校の帰り道、道路の真ん中にいた2cmぐらいの青虫のまわりをブロックで囲んで、上に板のフタまでした女。料理中、青虫の出て来たブロッコリーが怖くて、株ごとベランダの外の庭に放置して他人のフリをした女。
ギャーーーーーーーーっ!!!!!!ムニってなに??!!!ムニってなによ!ホントにいたよ!!!!!なんでいるんだよ!!!!!なんで水んとこなんだよ!そんなとこにいるんじゃねーよ!!!!!!わー!わー!ぶんぶんぶんぶん(手をふる音)
と、この10倍ぐらいの声でひとりで飛び上がってツッコんで、騒いでお祭りのようになってしまった。お箸でつまんで外に捨てるのにまたひと騒動。近所の人はこの一連の騒ぎをよもや私の一人踊りとは思うまい。
それにしてもまさか、本当に葉の裏にいるとは。よくよく見たら、他の葉っぱの上にも卵らしきものが産みつけられていて、まあチョウや蛾に罪はないけども、睡蓮が大事なんで、ベランダの外に払ってしまいました。
. . . . .絵で見るとかわいいんだけどね. . . . .。

871.jpg 512×384 (original size)

[link:871] 2007年07月08日(日) 02:07


2007年07月06日(金)

6日、夕方古書ほうろうへCDの納品に行き、久しぶりにMさんとおしゃべり。内澤さんのサイン本、KAPAKAHI JUG BANDを買う。探してたものが一気に手に入りほくほく。

その後恵比寿のリキッドで栗コーダーカルテットのアルバム発売記念LIVEを観に行かせていただく。
川口さんがおっしゃるには、今回のアルバム「笛社会」は「栗コーダー史上最も派手なアルバム」だそうですが、ライヴもまさにそうだった。今までのゆーるーりーとした「いい日ですねえ」という味わいはそのまま残しつつ、時折照りつけるような太陽とか夕立とか雷っぽいのとか、天気雨のようなものまでが盛り込まれたあるどこかの一日。でも最後はやっぱりのーんびり暮れてゆく夕方。みたいな。そんな素晴らしき一日のようなライヴでした。栗コーダーカルテットは、メンバーのみなさんはそれぞれ、ほんとに尊敬する素晴らしい音楽家で、しかもバンドとして寄り集まった時にその一人一人が誰一人として個性を没させることなく、集まった人数分だけその力を余すところなく発揮できていて、バンドとしても素晴らしいところがさらにまたすごい。
ツアーはこの後名古屋大阪と続くそうですが、ちょうど名古屋の時に名古屋に帰ってるかもしれないので、そしたらまた押しかけちゃうかもしれないのだ。


[link:872] 2007年07月10日(火) 03:42


2007年07月10日(火)

『作っても作っても鉛筆うち捨てるばかり。』(カァ、カァ、と烏の声)
自由律俳句か。
ピアノ弾いてプリントアウトしてハガキ作業など。締切もあるしなー。久しぶりにコンピュータに頼らずピアノと五線とエンピツでやってみよう。8月4日なんてあっという間に来ちゃうな。

近所のパン屋さんで豆入りパンを買ったら甘納豆で激甘。
甘くない豆入りパンを作らんかい。ヒネコッタコマメパン(失敗のため未完成)を作らんかい。と独りごちてしまう午後であった。


[link:873] 2007年07月15日(日) 23:46


2007年07月15日(日)

実家の用事があって、名古屋に帰っていました。
今日は久住さんが渋谷でお誕生日ライヴをやってたので、すごく行きたかったのですが、断念。
けっちゃん(高橋結子さん)や、チッチ&クックのバックアップメンバーとして毎回すさまじいプレイを見せてくれるナッナ(中原由貴さん)も加わってのステージだそうで、バックダンサーまでいて、嵐を呼ぶようなモノスゴイライヴだったことでしょう。

私は名古屋でも、やらなきゃいけない宿題やその他の仕事をやりながら、何年かぶりに父方のお墓にも行きました。
名古屋滞在中に、なんだかんだと2年ぐらい会えていなかった青空洋品店のあづさんから連絡があり、うれしかった。
カジタも行こうと思ってたのだけど、どうしても時間がなくて行けなかった。
みなさんのお手元へ届く『8月4日ライヴ』のご案内ハガキの一部も長久手郵便局から投函しました。ライヴのお知らせをそんなとこから投函することはめったいにないと思われますので、長久手の消印だった方、お楽しみください(何を?)。ご予約もお待ちしておりまーす。



[link:874] 2007年07月17日(火) 01:16


2007年07月16日(月)

大きな地震がまた新潟であって、本当に大変なことと思います。
私はたまたま新潟に親戚とか友人とかはいないのだけど、それはほんとに偶然で、いつ自分や家族や友人などが住む所に大きな災害が起きても不思議はないから、他人事とは思えない。
新潟は2歳の時から毎年冬にスキーに行っていた。名古屋から片道およそ8時間ぐらいの道のりを車に乗って『赤倉』というスキー上へ行っていたのだ。今ではスキーなんて何年も行っていないけど、私は赤倉でスキーを覚えたし、雪道で藁靴をはいてオバケのQちゃんのバッグを持ってスキー帽をかぶって「イーダ」という顔をしている写真もばっちり残っている。『熊堂』というゲレンデで滑っていて、転んだところに雪の中からお札に端っこがのぞいており、3千円ぐらい拾って、その夜温泉に行ったら洗い場の隅っこに百円玉が6枚ぐらい積んであって、1日でずいぶんお金を拾ったこともあった。毎年おなじ旅館に泊まっていて、そこのなんかよくわからないけど力仕事全般をやるおじさんに藁靴を編んでもらったり、地下にある、お客さんのスキーウエアやブーツなどを乾かしたり板のチューンナップをしたりする『乾燥室』というサウナみたいな熱い部屋でいろんな人たちとでっかいストーブを囲んでおやつを食べたりおしゃべりをしたりするのもすごく好きだった。
スキー場自体、もう昔みたいにものすごい雪は積もらなくなってるのかもしれないけど、また行ってみたいなーと思っていたのだ。今後もくれぐれも気をつけて、とにかく、一日も早く地震の傷が治りますように。

某番組で担当しているBGMシリーズの締切が近づき、3曲分のスケッチ。頭の中がやや忙しいです。


[link:875] 2007年07月19日(木) 01:15

2003年6月16日までの日記


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