忘れ物はないね?:2012-08-12

『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の 中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ

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2012年08月12日(日)『蟻と梨』日記 4 ◆中野明美の巻◆

ピアノ、ドラムなどの録音をやりつつも、実際はどんどん他の楽器も録音をしはじめました。
お願いするミュージシャンも曲の楽器編成により、参加をお願いする曲の多さはそれぞれなので、かかる時間もバラバラで、ひとつのパートを全部終わらせて次へ、というようなことはできず、実際は同時進行。曲によって入っていく楽器も違います。

今回、ゲスト参加してくれているコルネットの中野明美ちゃんは、先の日記に書いた、実家でのピアノ録音を行った2月のはじめ、滞在中に一緒に3曲ほど録音しました。

彼女は中学時代からの大事な友人で、20年近く前、私が名古屋でやっていたザボンドボンというインストバンドのメンバーです。
ザボンドボンは、メトロトロンレコードからリリースされた『International Avant Garde Conference vol.3』というコンピレーションアルバムの1曲目に収録していただいていますが、ザボンドボンをやめて私がソロになってからも、1st『ドロップ横丁』でもそれから時々ライヴでもそのコルネットの音色を披露してくれています。
地元のこどもたちのブラスバンドでも演奏したりしているようです。

そんな中野明美のコルネットは、私にとっては特別です。
彼女の吹く、ぽわんとした寝起きのような、時に空き地を転がるような、あるいは待ち人来る間に頬杖をついてながめる雨だれのような音色と息づかいは、他の誰にもマネできないと思います。
いえ、ああいう音色でああいうふうに吹くことのできる上手な人はいくらでもいるでしょう。
けれど、中野明美の吹くコルネットの背景には私の暮らす場所の、ふつうの町の景色が見えるのです。
ステージでも、パーティーでも、カーニバルでもない、普段の暮らしが見え、その暮らしの中に歌うようなこんなコルネットを吹ける人を私は他に知りません。

しかし彼女のコルネット、こんなことを書くとアレなんですが、普段の暮らしの中でその景色を描いているはずなのですが、聴いていると時々、なぜか、フとかのルイ・アームストロングの演奏を聴いている時と同じような気持ちになることがあるのです。
こんな人も私は他に知りません。
この先、年を重ねても、おばあちゃんになったら「おばあちゃんのコルネット」を奏で、一緒に演奏してほしい一人です。

そんな、中野明美ちゃんが吹くコルネット、きっと一度聴いたら、次には「あ、このヒトか」とわかるはず。
聴くとどうしても、なんだかちょっとふわんと笑ってしまうような演奏を、ぜひ味わってみてほしいです。

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[link:1278] 2012年09月08日(土) 15:39

2003年6月16日までの日記


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