忘れ物はないね?:2009-10-18

『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の 中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ

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2009年10月18日(日)

先日、テリQの時に貸したクラヴィネットを大阪から運んでくれた農業ロッカーでファンキー農家(意味おんなじか。)のMさんが、奇遇にも近くのスーパーで無農薬野菜の販売をされるという。
それはその運搬のお礼もかねてのぞきに行かなければ、ということで出かけることにした。

そのスーパーは行ったことのない知らない街にあるのだけど、地図で見ると、自転車で行けないこともない距離であったので、久々に自転車に空気も入れて、道も一番わかりやすい簡単なルートを選んで、曲がる交差点とポイントをメモして(地図は全貌を描けるほど近くなかった)、よっしゃ行ってみよ、と出発した。
ところが、目指すところは思ったよりだいぶ遠く、ほとんどの交差点に名前が書いてなく、そして何より、自転車がなんだかペダルがすごく重くてガタガタいうのだ。
出発した時はさわやかだったのに、みるみる西日がまぶしくて眉間が痛くなり(帽子忘れた)、足も痛くなり(うかつにサンダルばき)、汗だくになった。
そして、気がついた。.........これは、パンク?(正解。)
降りてタイヤに耳を近づけるとなんだか『スーーーーーーーー....』というとても控えめな音がしている。
しかし、もう行くしかない。
自転車もパンクしてるけど、まだぜんぜん遠いけど、道もいまいちよくわかんないけど、とりあえず漕いで漕いで、やっとの思いで到着した。

そのスーパーは住宅街にぽつんとある小さなスーパー。でも夕方のお客さんでにぎわい、Mさんはそこで、岩手で無農薬で栽培された激ウマのプチトマトや、でかくて弾力がすごいシイタケや、ワサーーッと茂った朝取りセロリ株ごとや、特大にんじんなんかを元気に販売していた。
さっそくプチトマトを試食させていただく。少し楕円形の『あいこ』というトマトは甘みがすごい。もうひとつ、ちがう種類のまんまるのほう(名前失念)は酸味と甘みのバランスが絶妙。あれこれ迷ったあげく、しばらくMさんの愉快な変人ぶり(ホメ言葉)を堪能した後、いろいろ買い、オマケもたくさんいただき、すごい大量の野菜を持って帰ることになったのだけど、おしゃべりしてるうちに、そういえば自転車のタイヤがパンクしてることを思い出した。するとMさんはじめ、パートのおねえさん、お客さんのおばちゃんなどその場にいた人みんなに修理を強く強くすすめられ、近所の自転車屋さんを教えてくれて、今すぐ、この野菜はここへ置いておいて行ってくるよう言われる。
で、知らない街の知らない自転車屋さん(もうシャッター半分閉めてた)に飛び込むと、おじいさんが出てきてくれて、パンクばかりかチューブまでイカレてるとのことで、交換するという。しかし、ムボービな私の本日のお財布には3千円しか入っておらず(子供?)、おじいさんにそういうと、『あと千円あればタイヤもチューブも交換できるのに。』と残念そうに言う。しかし、このおじいさんのお店ではカードは使えない。
なので、とりあえずチューブはいいです、と言うと、震える手で、この道をまっすぐいって信号を右に行くとセブンイレブンがあるよ、と教えてくれた(お金下ろしてきたら?と暗にアドバイス)。
なので、時間もまだかかりそうだし、またそこからコンビニへ行きお金をおろし、タイヤとチューブを交換してもらい、再びスーパーでお野菜を受け取り、やっと岐路に着いた。

しかし交換してもらった後の走りは快適この上なく、それになにしろ、この野菜を当分食べられると思うとすごくうれしくて、Mさんありがとう!今度はお米買いますからよろしく〜!
そうだ、帰りに通り道だしYちゃん家に寄ってお福分けしよう!
....なんて大変うかれて道を走っていたのだけど、暗くなってまわりの景色がかわり、気がつかぬまま道をまちがい続けていたようで、そんなとこ行くはずないのに!って場所へ出てしまい愕然とする。普段は電車や車でしか通ったことない逆方向の街で、ぼやっとは知ってるような気がするけど、いざ自転車で放り出されると、どの道も確信がなく、リアル迷子(子供?)に。
いかん、通り道だったはずのYちゃん家は通り道どころか、似ても似つかないところへ来てしまった。うかれてYちゃんに電話をしていた自分が懐かしい。
しかし、もう暗いし(子供?)ともかくYちゃん家を目指さなければ、とそこからは勘と人に聞きまくる作戦(Yちゃんに聞いても自分のいる場所が説明できないからわからない)で、どこだか全然わかんないYちゃん家をめざして強行に走り続ける。
がしかし、その時間、意外に歩いている人がいない。通り過ぎる人はみな自転車であっという間に行ってしまうか、イヤホンをしてジョギングする人で、ぜんぜん声をかけられない。しかたがないので、赤信号でやっと止まった向こう側の自転車の人に大声で尋ねたりした。
今日び、ヒトに道を聞かれても危険な目に遭うようなぶっそうな世の中、前カゴに大量の袋を積み、さらにハンドルも、それを握った手も見えないほど尋常でない量のセロリの葉っぱをワシャーーーっと生やし、横断歩道の向こうから大声で道を尋ねる私。後から考えると、その姿は思いっきり買い物帰りっぽいのに、明らかに迷子???という、客観的に見たらとても変な状態のヒトで、まあ悪い人には見えなかったと思うけど、道を聞いた何人もの人は『コノヒト、どうしちゃったの...?』って思ったと思う。
で、すごい大回りでYちゃん家にたどりつき、しかし結局最後は幸運にもトバオさんに車で拾ってもらい、自転車ごとセロリごと積み込まれて、帰宅。
自転車散歩のつもりがとんだ小旅行になってしまいました。
助けてくださったみなさんどうもありがとうございました。

でも、知らない街の、もっさりどっさり垣根にかこまれたタバコ屋さんとか、銭湯とか、いいカーブとか、ポニーのいる公園とか、妙に年寄りくさいリズムのニセ歌謡三味線を練習する音とか、見たり聴いたりすること全部が予測できなくて面白かった。




[link:1175] 2009年10月21日(水) 00:28

2003年6月16日までの日記


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