忘れ物はないね?:2008-06-15

『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の 中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ

HOME

2008年06月15日(日)熱海へ行ったその2

旅館は『連月荘』という、昭和の初期に建てられたらしいこじんまりとしたお宿。古いけどお家は丁寧に丁寧にきれいにされていて、お庭もすごく大事に手入れされていて、でもいわゆる高級旅館の庭園みたいな風じゃない大らかな感じで、すごく落ち着く。いろんな種類のあじさいとかバラが咲いていて梅の木や琵琶の木もあって、縁側に座って足をぶらぶらさせながらぼんやりしたくなった。ほんとのおばあちゃん家みたい。虫はいっぱい寄ってきて夏はつらいかもしれないけど、いろんな季節に来たいなあ。
古い建物とお庭も魅力なんだけど、特筆すべきはごはんのおいしさ。旅館のたいそうなごはんというのは、そりゃあ豪華だけど、ひとつやふたつ見かけ倒しっぽい、一口食べて後はもったいないけど残しちゃう、というお料理もあったりするんだけど、そういう見かけ倒しっていうのが一つもなかった。ひとつひとつが女将さんの手で丁寧に作ってあって、どれも美味しくて、全部平らげてしまいました。特に美味しかったのは米ナスのしぎ焼き。お造り。鮎の塩焼きも。
とにかく、Pちゃんとゆっくりおしゃべりするのもたいそう久しぶりだったので、しゃべる、食べる、しゃべる、しゃべる、食べる、食べる、しゃべる、食べる、食べる、食べる、しゃべる、みたいな具合にどんどんどんどんしゃべって食べた。
そして、お風呂に入ってコトンと寝た。
翌朝も、普段はまだ寝ている時間に起きる。お布団の中で、数種類の鳥が鳴くのを聴いていた。『チュピチュピチュチュチュ』というのや、『チュピピピピピピピ』というのやいろいろいて、奥多摩まで行ったバーダーの力量が問われるところだったが、何ひとつ何の鳥がわからなかった。
鳥をあっさりあきらめ朝ごはんをもりもり。『よくある旅館の朝食』というよりは『お家のいつもより豪華な朝ごはん』のようなこれまた丁寧な朝ごはん。生卵や納豆という型どおりなのじゃなくて、ハムエッグとスナップエンドウのソテー。それに鯵の干物に白いごはんとお味噌汁。おいしい。チェックアウトの時間が近づいて、女将さんとおしゃべりしていたら、お庭の梅の木にたくさん成った青梅をどっさりくださいました。ウレシイ。しかし重イ。しかしウレシイ。女将さんどうもありがとう。お世話になりました。

宿を出て、まず重い荷物を駅にあずけて再び散策。昨日行った熱海駅前のビルディング『ATAMIX』へ。前日からすごく気になっていた『なぎさ500円』という毛糸でできた謎のお人形がどうしてもほしかったのだけど、売り場のショーケースには鍵がかかっており、店員さんがいなくて買えなかった。後から買うことができるように連絡先をカメラに収める。必要以上に舌の出ている犬のマスコットも一応買っておく。
それ以外には特にぐっとくる土産ものは見つからず、パン屋さんの揚げたてドーナツ95円をかじりながら駅前をぶらぶら。珍品ストックバイヤーとしては昨年の伊東で入ったあのお店(店名わからず)にかなうお店は熱海では見つからなかった。伊東は他にもそんなようなお店がたぶん探せばあると思うので、来年は熱海に泊まって伊東をもう一度まわることにしようか、と話し合う。
けども、熱海という観光地は、もらってもいらなそうなお土産をたくさん売っているところも含めて堂々たる観光地のオーラを放っていた。でも、そのオーラごとひなびているところとか、駅前をちょっと離れれば、町の様子は昔からひっそりしていたように静かにあって、その色褪せ具合はぐっとくる。あと2日ぐらいいられたらもっと奥のほうまで散歩できたのになあと名残を惜しみながら帰路についた。


[link:994] 2008年06月17日(火) 00:28

2003年6月16日までの日記


Copyright©2001-2003 Chiaki Kato, All rights reserved.
Contact Us
Do you know DonutFilms?