忘れ物はないね?:2006-08-03

『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の 中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ

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2006年08月03日(木)

クリント・イーストウッドの撮った映画『PIANO BLUES』のDVDを観た。
おもにレイ・チャールズが主役っぽいけども、ほかにもいろんなすごいピアニストにスポットをあてて、ピアノをひき始めたきっかけは何か、一番始めに大きな影響を受けたのは誰か、などを聴きながら、それぞれの巨匠のスタイルを味わっていく。ブルースはブルースというひとつのジャンルというより、そこから派生していった音楽のすべての土台になっている、ということがが改めてよくわかる。そしていろんなピアノの巨匠のプレイスタイルがまったくそれぞれ異なっているのも面白い。
アート・テイタムなんて左手も右手もどないなっとんねん、という感じ。遅まわしで観たい。
手もでっかくて、私のドからラぐらいの広げ方で1オクターヴ。
でも手のそんなにおっきくない人もいて、そういう人は音とびもすさまじいのにぜんぜんハズレがない。スゲー。
というか、観るべきところはそういう技術的なことばっかりじゃ決してないのだけど、ついつい鍵盤に目が釘づけになってしまうのだ。私ももう一度、ピアノを始めた3歳の頃に戻ったつもりで、修行すれば、60歳ぐらいではもうちょっとなんとかなってないか?などと思ってみたりした。


[link:691] 2006年08月06日(日) 00:08

2003年6月16日までの日記


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