忘れ物はないね?:2006-03-19

『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の 中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ

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2006年03月19日(日)

Pちゃんと荒川都電に乗り、とある場所へ。そこはきちんとしたある建物で、世界中のあるものが展示されており、売ってもいる。日曜日の午後というのにかなり空いており、お客さんに女性はまるでいない。しかし展示してあるそれらの素晴らしさといったらものすごく、しかも数も半端でなく多い。本当にどこを見ても心が踊り、白熱しすぎて軽く失神しそうだった。もし私がアタッシェケース一杯に札束を持っていたらワンフロア買ってるだろう。
もちろんあいにくそうではなかったので、そうはいかなかったが、まあ結構買ってしまった。ほんとうならその写真もとり、自慢のひとつもしたいところだけども、あんまりにも楽しくて、このまま自分の中では一生このブームは続くだろうと思うので、ひょんなことから万が一にも、休日にはおしゃれカフェめぐりなどをする若いギャルなどの目にでもとまり、ほんの一瞬でもそういう人が流れ込んで、世の中が○○ブームになると絶対にイヤなので、ここではその『あるもの』が何であるかは伏せることにします。小さいところに3時間も居座ってしまった。

そして思わぬところで時間を食ってしまい、ごはんを食べそびれたので、とりあえず都電で三ノ輪まで行ってみる。土地勘がない上に商店街もすっかり閉まっており、その上、きのうは台風かと思うほどの強風で、薄着だった私は死にそうになり、駅前のおかしな居酒屋に入った。そのお店にも他にお客はなく、Pちゃんと私の貸し切り状態だった。店主はどちらかというと絵を描くのが好きらしく、メニューの端にいろいろと挿絵がある。
本格的に描きたいが、いまひとつ技術がついていっていない感じ。それらを眺めながらつみれ鍋をつつき、あったまったのだった。アナログ最高。

629.jpg 240×320 (original size)

[link:629] 2006年03月22日(水) 14:09

2003年6月16日までの日記


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