忘れ物はないね?:2004-09-08

『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の 中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ

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2004年09月08日(水)

朝友達を送り出し、その後夕方再び合流。大阪へ帰る前にひとっ風呂浴びてくか!と連れ立って北千住のふるーい銭湯『梅の湯』へ。ここも前々から来たかったところ。北千住は古い立派な銭湯がたくさんあることで有名だが、たいていどこの銭湯もそのことをわかっていて、いわゆる「立派な古い銭湯」的な所(唐破風の入り口とか、ペンキ絵とか)をうまくそのまま残しつつ快適に改装したりしている。そういうところも別にいいのだけど、やっぱりそういうことをしていないほんとに「そのまま」のところへ行きたいなあ、と思い、探して行った。「梅の湯」は「ほんとにそのまま」だった。「古さ」を売りにしてない。なので整理もされていない。古くてボロっちいとこがそのままむき出し。もちろんところどころ修理や補正の跡が見られるが、脱衣所のマッサージ椅子の「揉み手」にも変なストッキングみたいなのがかぶせて補強してある(まちがった修正)し、トイレの床はニスを塗ってピカピカに光らせすぎ(まちがったリフォーム)て、一瞬水びたしに見えるし(友達は水だと思って靴下を脱ぎに戻って来た)。そしてここの最大の特徴はペンキ絵ではなくタイルモザイク。それもオランダかどっかよくわからない外国の風景がのどかにモザイクになっている(創業当時かららしい)。そしているのはおばあさんばかり。口をもぐもぐさせていたり、友達のおばあさんにパンツを履く介添えをしてもらっていたり、とにかくおばあさんの社交場だった。番台のおじいさんずっとこっち見てるし。
というように、懐古趣味がどうの、とか残したい風情がどうの、とかいうようなものをまったく無視した梅の湯が私は大好きになりました。

[link:286] 2004年09月10日(金) 15:11

2003年6月16日までの日記


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